この記事の結論:発酵とは、微生物が糖を食べてコーヒーの味と香りを作り替える工程だ。私たちはこれをラグ・ログ・定常・デスの4段階でとらえ、pHという数字を頼りに管理している。ポイントはひとつ。香りが育つログ期を、ゆっくり長く保つこと。そして、遅らせすぎず、目安のpH(おおむね4.0前後)で止めることだ。
コーヒーの味は、栽培や収穫だけで決まるわけではない。発酵という工程が、驚くほど大きく効く。ここでは、農園で実際にやっていることを4つの段階に沿って書き、そのあとで公開されている研究と照らし合わせる。
発酵槽の中で「今どの微生物が働いているか」は、目では見えない。だから私たちは、発酵を4つの相に分けて考え、温度・時間・pHという測れるもので間接的に管理している。一つ目がラグ期(準備)、二つ目がログ期(急成長・香りが育つ)、三つ目が定常期(バランス調整)、四つ目がデス期(終わり)だ。
最初のラグ期は、微生物がゆっくり目を覚ます段階だ。果肉やミューシレージに含まれる糖がエサになり、活動が立ち上がっていく。ここで生まれるのは、あとの段階で複雑な香りに化ける前駆物質だ。
ウォッシュドなら、発酵槽の中で微生物が酸を作りはじめ、pHが下がっていく。この酸っぱい環境が、雑菌より私たちに都合のいい菌を優位にする。ラオスの畑では、pHは中性に近いところから始まり、ここから少しずつ下がっていく。
ログ期は、微生物が一気に増えて、化学変化が大きく進む段階だ。糖がアルコールや酸に変わり、エステルやアルデヒドといった香り成分が大量に生まれる。フルーティな香りも、花のような香りも、多くはここで作られる。
私たちが最もこだわるのは、この時間をいかに「ゆっくり、長く」保つかだ。やることはシンプルで、温度が上がってきたら冷たい水を足して温度を下げ、発酵の速度を落とす。狙いは「pHを上げること」ではない。pHは発酵とともに自然に下がっていくものだ。あくまで温度を下げて、香りが育つ時間を稼ぐ。ここを勘違いすると管理を誤る。
定常期に入ると、微生物の勢いは落ち着き、味の前駆物質がゆっくり変わっていく。クエン酸やリンゴ酸といった酸が整い、コーヒーの明るさやシャープさが決まる。同時に、残った糖がわずかな甘さとして豆に残り、口あたりにつながる。
温度が高すぎると酸が過剰になり、低すぎると平坦になる。ウォッシュドの場合、この頃にはミューシレージの多くが分解され、「いつ引き上げてもいい」状態になっている。むしろ、早く引き上げたい。次に来るデス期から逃げたいからだ。
デス期は、微生物の活動が落ちて発酵が終息していく段階だ。ここで大事なのは、すでにできた香りを壊さないこと。終わっているのに発酵槽に置き続けると、腐敗に向かい、文字どおり香りが消えていく。
多くの農家は、オフフレーバーを恐れて早めに発酵を止める。気持ちはよく分かる。でも、それでは最高の香りは生まれない。早く止めれば安全、粘れば最高。でも一歩間違えば台無し。この発酵のジレンマこそ、精製の核心だと思っている。私たちは、このジレンマを勘ではなく数字で扱う。pHが目安の値に近づいたら止める。触った感じや匂いも見るが、最後に信じるのは数字だ。
温度は発酵速度の主ダイヤル。嫌気発酵を温度だけ変えて比べた研究では、高温(37℃)では酢酸を作るAcetobacterが優勢になりビネガー寄りの方向へ、低温側では乳酸菌のLeuconostocが主導する穏やかな発酵になった(Hsu et al., Foods 2023)。冷やすという作業は、単に遅くするだけでなく、働く菌の面ぶれを変えている。
ログ期には頂上がある。開放環境で発酵時間だけを振った実験では、36時間のロットがカップ評価の最高点(77.25点)をとり、短すぎても長すぎても劣った(Yuan et al., Fermentation 2024)。「長ければ長いほど良い」ではなく、山の頂上がある。
pHは速度計。発酵のpHは16時間で約4.5、36時間で約4.0まで下がるという基準線がある(De Bruyn et al., AEM 2017)。同じころ、ミューシレージ側ではBrixが15.8から8.45に減り、酸度は20.02かも42.69 mg/gへとほぼ倍増し、pHは4.47から4.05に下がった(Plaza-Dorado et al., Fermentation 2024)。つまりpHの下がり方は、糖が酸に変わる進行度そのものを映している。
働いているのはチーム。水洗発酵の微生物を追った研究では、WeissellaやLeuconostocといった乳酸菌が発酵を引っ張っていた(Shen et al., Molecules 2023)。適切な範囲では乳酸・酢酸・リンゴ酸といった良い酸が生成され、過発酵まで行くと酪酸やプロピオン酸のようなオフ側の酸が出る(Martins et al., Front. Microbiol. 2019)。デス期を恐れるのには、化学的な根拠があるということだ。
ラグ・ログ・定常・デス。この4段階のどこをどう管理するかで、コーヒーの味は大きく変わる。私たちが磨いているのは、香りが育つログ期を長く保ち、pHという合図で止める、その一点の精度だ。派手ではないが、この積み重ねが、私たちのコーヒーの味を作っている。
違います。香り成分はログ期が長いほど増えますが、開放環境の研究では36時間がカップ評価の頂点で、それを過ぎると下がりました。長く保つことと、目安のpHで止めることの両立です。
温度を下げて発酵の速度を落とし、香りが育つ時間を長くするためです。pHを操作するためではありません。研究でも温度は発酵速度の主ダイヤルとされています。
豆のカフェインは発酵で大きくは減りません。比較的安定した成分です。変化が大きいのは糖・有機酸・揮発性成分の側です。
pHでの実務は発酵を数値で管理するへ。方式別の話はウォッシュド、ナチュラル、ハニー、嫌気性発酵、モストへ。
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