夜明け前、まだ暗いうちに発酵槽をのぞく。匂いを嗅ぐ。昨日より、少し酸が立ってきたように感じる。でも、匂いと勘だけでは、やめどきは決めきれない。同じ匂いでも、暑い日と涼しい日では中の進み方が違う。だから槽にpHメーターを差し込む。発酵は、コーヒーの味を大きく左右する工程なのに、いちばん厄介なことに、中で何が起きているかが目では見えない。私たちは、その見えない進み具合を、pHという速度計で読むことにしている。
発酵とは、微生物が糖を食べて別のものに変える工程だ。コーヒーの果実には、乳酸菌・酢酸菌・腸内細菌・酵母・糸状菌といった微生物のチームがもともと住んでいる。彼らが糖を分解し、乳酸・酢酸といった酸や、エタノール、そしてフルーティな香りのもとになるエステルを作る。糖が酸に変わっていくほど、液のpHは下がる。だからpHメーターの数字は、「発酵がどこまで進んだか」を映す鏡。匂いで当たりをつけ、数字で答え合わせをする。
発酵中のpHは、時間だけでは決まらない。基準線として、発酵のpHは16時間で約4.5、36時間で約4.0まで下がるという報告がある(De Bruyn et al., 2017)。ただし同じ到達pHでも、温度が高ければ短時間になる。最適域はおよそ24〜32℃、35〜45時間、その範囲ならカッピング評価(SCA・100点満点)で81〜85点が得られている(Vaz et al., 2023)。下がっていく中身も分かっている。適切な範囲の発酵時間では、糖はほぼ使い切られ、乳酸・酢酸・リンゴ酸といった良い酸が生成される一方、酪酸やプロピオン酸のようなオフフレーバーの酸は、過発酵まで行かなければ検出されない(Martins et al., 2019)。だからpHは、品質と腐敗リスクを同時に語る速度計になる。時計だけを見ていると、暑い日に行き過ぎる。
大切なのはメーターの読み方だ。急な低下が緩やかになり、底に近づくあたり。良い酸が乗り切って、悪い酸が出る一歩手前。ここが目安になる。温度が高い日は同じpHに早く着くので、朝と昼で止めどきが変わる。だから「何時間で止める」ではなく、「pHが目安に近づいたら止める」。時間は目安、pHがゴールだ。この読み方を毎ロット記録に残しておけば、来年の同じ時期に狙いを立て直せる。
「発酵は、時間で切らない。仕込んだ時間、気温、そしてpHの下がり方を一緒に記録して、曲線が底に近づいて緩やかになったところで止める。気温が高い日は同じpHに早く着くので、前の年の同じ時期の記録を見返して、その日の温度に合わせて狙うpHを決める。」
「発酵は時間で止めない。pHが底に近づく手前で止める。」
たとえば Typica Washed なら、今季は、25℃前後で36時間、到達pH4.0を狙いにしている。
実際のロットの数値はDATA BANKに一覧にしている。数字を残す考え方自体はData Bankとは何か、発酵のあとの乾燥は乾燥の科学へ。
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