店頭でよく聞く言葉がある。「発酵系は苦手で」。逆に「発酵系ありますか」と身を乗り出す人もいる。便利な言葉だ。一語で好みの分岐点が分かる。ただ、作り手として一度だけ正確に言い直させてほしい。すべてのコーヒーは、発酵している。
世間で「発酵系」と呼ばれているのは、おおむね嫌気性発酵(アナエロビック)、発酵感の強いナチュラル、ワイニー系、共発酵といったコーヒーたちだ。英語圈ではfunky、winey、boozyと呼ばれる。ワインやコンブチャのような、発酵由来の複雑な香りをまとったコーヒー。要するにこの言葉は、精製方式の名前ではなく、味のスタイルの名前として使われている。
そしてカッピングの世界でも、fermentedという評価語は面白い位置にある。強すぎれば欠点、控えめなら魅力。つまり発酵の風味は良し悪しではなく、強度の問題として扱われている。業界の公式な語彙自体が、「発酵=欠点」の時代から「発酵=スタイル」の時代へ移行しているところだ。
ここが今日の本題だ。発酵系の対義語のように扱われるウォッシュドは、発酵していないのか。もちろん、発酵している。それも堂々と。ウォッシュドの工程には「発酵槽」という名前の設備があり、そこでは乳酸菌が主導する発酵が起きている(Shen et al., 2023)。ウォッシュドの「きれいな酸」は、発酵の産物そのものだ。
歴史的には、コーヒーの世界で「fermentation(発酵)」という言葉はミューシレージを分解する工程名として使われてきた。だから「発酵したコーヒー/していないコーヒー」という区分は、科学的には成立しない。業界の中でも、もっと正確な用語を求める声は以前からある。
では何が違うのか。発酵の風味をどこに置くか、という設計の違いだ。
前面に出す設計。密閉して発酵を長く深く走らせ、エステル系の香りを主役にする。嫌気性発酵や共発酵がこれだ。
中間の設計。果肉とともに乾かし、発酵の風味を果実感の一部として溶かす。ナチュラルやハニー。
裏方に置く設計。発酵はきれいな酸を作る仕事だけをして、風味としては表に出さない。ウォッシュドだ。
だから「発酵系が苦手」という人は、発酵が嫌いなのではない。前面に出た発酵の風味が苦手なだけだ。その人のカップにも、発酵の恩恵は澄んだ酸として入っている。
前面:アナエロビック系と共発酵(ライム、いちご)。発酵の複雑さを楽しむためのコーヒー。中間:ナチュラルとハニー。果実感の中に発酵が溶けている。裏方:ウォッシュド。発酵は莘の下の力持ち。
「発酵系は苦手」と感じたことのある人には、まずウォッシュドを勧めたい。そしてもしナチュラルの果実感が心地よくなってきたら、少しずつ前面側へ歩いてみてほしい。道はつながっている。同じ発酵という地続きの上に、全部のコーヒーが並んでいる。
正式な分類ではなく、嫌気性発酵や発酵感の強いナチュラルなど、発酵由来の風味を主役に設計したコーヒーの俗称です。英語ではfunkyやwineyが近い表現です。
発酵しています。ウォッシュドの「発酵槽」では乳酸菌主導の発酵が起きており、きれいな酸はその産物です。違いは発酵の風味を前面に出さず裏方に置く設計であることです。
あります。苦手なのは発酵そのものではなく、前面に出た発酵の風味です。ウォッシュドのように発酵を裏方に置いた設計のコーヒーなら、澄んだ味わいを楽しめます。
発酵の風味の境界は発酵臭とフルーティの境界線、発酵の仕組みは発酵の4つの段階、裏方の設計はウォッシュド、前面の設計は嫌気性発酵へ。
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