コーヒーの世界では、日々新しい精製が試されている。その中でも注目を集めているのが、アナエロビック(嫌気性)発酵だ。この発酵は、コーヒーのフレーバーを劇的に変える力を持ち、とくにユニークで複雑な香りを生む。今回は、嫌気性発酵とは何か、その原理、そしてナチュラル・ハニー・ウォッシュドといった「好気性(エアロビック)発酵」との違いを、私たちが農園で実際にやっている手法と、研究データの両面から書く。
アナエロビック発酵とは、酸素を排除した環境で行う発酵、つまり嫌気性発酵だ。収穫したチェリーを密閉容器に入れ、酸素が入らないようにすると、酸素を必要としない微生物が活発に働く。発酵で生じる二酸化炭素が容器にたまり、残った酸素を押し出して、嫌気の環境を保つ。
いっぽうエアロビック発酵は、酸素のある環境で行う発酵、つまり好気性発酵だ。チェリーを外気に触れさせ、酸素が供給される状態で微生物が働く。ナチュラルやウォッシュドの発酵は、基本的にこちら側だ。
ここは、以前の説明を正しく直しておきたい大事なところだ。嫌気性発酵で香りを作る主役は、「発酵(fermentation)」という代謝だ。酸素がない中で、微生物は糖そのものを分解してエネルギーを得る。
具体的には、乳酸菌が糖を乳酸に、酵母が糖をエタノールやエステルに変える。フルーティで複雑な香りの正体は、この過程で生まれるエステル類だ。密閉されて酸素が乏しいと、酢酸菌のような酸素を使う菌が働きにくくなり、乳酸菌や酵母が主導権を握る。だから嫌気では、明るい酸というより、丸みのある発酵感や熟した果実のような香りが出やすい。
研究でも、微生物を意図的に組み合わせる「共発酵」の効果が確かめられている。乳酸菌(Lactiplantibacillus plantarum)と酵母(Saccharomyces cerevisiae)を順に接種して共発酵させると、揮発性成分の生成が増え、フルーティで発酵的な香りが強まった(Bruno et al., Food Chemistry 2024, 445:138485)。発酵のpHは時間と温度で動き、16時間で約4.5、36時間で約4.0まで下がるという基準線もある(De Bruyn et al., AEM 2017)。嫌気でも、この「時間と温度でpHが動く」原理は変わらない。
嫌気発酵の成否を分ける最大の変数は、密閉度でも時間でもなく、温度だ。嫌気発酵を温度だけ変えて比べた研究では、高温(37℃)では酢酸を作るAcetobacterが優勢になりビネガーのような方向へ、低温側では乳酸菌のLeuconostocが主導する穏やかな発酵になった(Hsu et al., Foods 2023)。つまり同じ「密閉」でも、温度を上げれば酢へ、下げればきれいな酸へと、行き先が分かれる。さらに同じ研究では、嫌気発酵の代謝産物がカビ毒(OTA)を作るAspergillusの生育を抑える可能性も示された。味だけでなく安全の面でも、嫌気には利点がありうる。
もう一つ、酸素を絞ると何が起きるか。CO2で密閉したナチュラルの実験では、スクロース(糖)の消費が抑えられ、甘さの源とクロロゲン酸が保たれて官能評価が高かった。開放環境では糖の消費が速い(Garzón-García et al., 2024)。また、同じ密閉嫌気でも「果実のまま(固体)か、水に漬ける(液中)か」で酸とアルコールの出方が分かれ、ナチュラル×固体状態の組み合わせが最も高い品質を示した報告がある(Silva et al., Foods 2024)。酸素を絞るほど糖が残り、酢酸菌が抑えられる。「低温×低酸素」が、過発酵を避けて甘さを残す嫌気の核心だ。
私たちがいちばん大きく味が変わると感じているのが、アナエロビックナチュラルだ。まず密閉容器で嫌気発酵を行い、そのあと開放的な環境で好気発酵と乾燥を進める、二段構えの精製である。
最初の嫌気発酵でエステルが豊富に生まれ、複雑でエキゾチックな香りの土台ができる。続く好気の段階で、クリーンで明瞭な酸が加わる。この二段で、豊かで多層的な風味プロファイルになる。ふつうのナチュラルは、発酵と乾燥が同時に、主に好気で進むので、そこにあえて嫌気の一段を足すのが、この方式だ。
1. 完熟したチェリーを収穫する。
2. 密閉容器に入れ、酸素を遮って嫌気発酵させる(通常24〜72時間程度)。
3. 開放容器に移し、外気を入れながら発酵・乾燥を続ける(ナチュラルなら45〜60日ほど)。
4. 乾いたチェリーから豆を取り出す(脱穀)。
私たちは、この間ずっとpHと温度を記録する。嫌気は派手に味が変わるからこそ、記録がないと去年の香りを再現できない。
もう一つ、私たちにとって心強い研究がある。密閉嫌気(SIAF)を標高別・方式別に比べた実験では、標高1,400m×ナチュラルの組み合わせが官能評価88.13点という最高クラスの結果を出し、全域で乳酸菌Leuconostocが優占していた(Martinez et al., Foods 2022)。標高の高い畑の良い原料に、低温管理の嫌気を重ねる。ラオス南部の高地で私たちが嫌気に力を入れる理由は、ここにある。
ここは、正直に線を引いておきたい。嫌気発酵で香りが複雑になるのは、微生物が作り替えた二次的な香りだ。果実やスパイスの風味が、そのまま豆に移っているわけではない。
これに対して、近年増えている「インフュージョン(風味注入)」は、外から香りの素を接触・吸収・注入で移す方法で、必ずしも発酵を伴わない。両者は科学的に別物だ。私たちは、香りの出どころを隠さないことが品質の一部だと考えている。だからラベルにも、何をどうしたかを正直に書きたい。「精製:アナエロビック」だけでは、飲む人に何も伝わらない。「精製:アナエロビックナチュラル」のように、想像できる言葉で書くべきだと思っている。
私たちLuLaLao Coffeeは、コーヒーは「美味しければ良い」「楽しければ良い」と考えている。嫌気発酵は、そのための一つの技術だ。自然なフレーバーではないと毛嫌いする人もいるが、嫌気といってもフレーバーはさまざまで、私たちがやる理由は、アフターテイストやマウスフィールが向上すると感じているからだ。とくに牛乳と合わせる人にはおすすめしたい。牛乳に負けない独特の香りで、いつもと違うラテを楽しめる。もちろん、ハンドドリップでもデザートのような一杯になる。
違います。香りの正体は、酸素のない環境で乳酸菌や酵母が糖を分解して作るエステル類です。外から香料を加えるインフュージョンとは科学的に別物です。
温度です。研究では高温だと酢酸を作る菌に、低温だと乳酸菌主導の穏やかな発酵に振れることが示されています。私たちは温度とpHを記録しながら低温側で管理します。
乾燥の前に密閉容器での嫌気発酵を一段挟むかどうかです。嫌気の一段がエステルの土台を作り、続く好気の発酵・乾燥で酸が加わることで、多層的な風味になります。
発酵の仕組み全体は発酵の4つの段階、pHでの管理は発酵を数値で管理するへ。土台になる方式はナチュラルとウォッシュド、副産物を活かす話はモストへ。
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