同じ畑、同じ品種、同じレシピでも、ロットごとに味が違う。このばらつきの多くは、発酵の途中ではなく、始まりで決まっている。発酵を揃えたければ、まず始点を揃える。
仕込みの瞬間に、すでに三つのばらつきがある。
1. 温度。午後の一番暑い時間に仕込むロットと、日が落ちてから仕込むロットでは、発酵の立ち上がりが違う。
2. 微生物の量。実に付いている菌の量は、収穫の場所・天候・容器の清潔度で変わる。
3. 経過時間。収穫から仕込みまでの間に、実の中ではすでに発酵が始まっている。
この三つを放置したままだと、発酵時間を揃えても意味がない。スタート位置が違うレースで、ゴールタイムだけ揃えているようなものだ。
小規模農家の設備を前提に、発酵を標準化できるかを検証した研究がある。果肉除去した豆に、菌数を揃えて乳酸菌と酵母を接種し、発酵時間を48時間に固定した。
結果が驚くべきだった。最適条件の予測官能評価85.14点に対して、検証実験の実測は84.83点(相対誤差0.36%)。ほぼ狙い通りに再現され、全接種区がスペシャルティの基準を超えた。理化学的にも、可溶性固形は5.50から1.97°Brixへ減り、酸度は8.10から49.24 g/Lへ増えている(Calderón-Gaviria et al., Food Biophysics 2026)。
この研究が示した標準化のレバーは三つだ。接種菌数を揃えること、発酵時間を固定すること、接種源を前活性化しておくこと。いずれも発酵の途中ではなく、始める前の仕事である。
接種は有力だが、菌を買えない環境でもできることはある。温度を揃えることだ。
温度を制御した実験では、15℃ではpHが20時間後に約4.0で漸近するという、安定した振る舞いが確認されている(Peñuela-Martínez et al., Fermentation 2023)。温度を下げて揃えると、発酵は遅くなるが、行き先が読めるようになる。早さを捨てて、予測可能性を買っているということだ。
ラオスの現場では、仕込む時刻を夕方以降に寄せる、日陰で仕込む、冷たい水を使うといった打手になる。設備の問題というより、段取りの問題だ。
再現性を追うと、均一なつまらないコーヒーになるのではないかと思われることがある。しかし、私は逆だと思っている。
始点が揃っていなければ、何を変えてもその効果が見えない。今年のロットが良かったのはレシピのおかげなのか、たまたま涼しかったからなのかが分からない。始点を固定して初めて、変えた一つの変数の効果が読める。再現性は、実験するための前提条件だ。
だから記録の欄には、終点だけでなく始点を書く。仕込んだ日時、そのときの気温と液温、収穫から仕込みまでの時間、容器を洗ったか。地味だが、この四つが揃っているロットは、翻訳して来年に渡せる。
始点が違うからです。仕込むときの温度、付いている微生物の量、前工程からの経過時間。この三つがロットごとに違えば、同じレシピでも違う発酵になります。
接種は有力な手段ですが唯一の道ではありません。仕込む時刻と温度を揃える、発酵時間を固定するといった物理的な始点揃えでも、ばらつきは相当に減ります。
しません。始点を固定するほど、変えた変数の効果がはっきり見えます。再現性は実験の前提条件であって、個性を殺すものではありません。
温度の話は発酵温度を1℃下げる意味、種を継ぐ話はモスト、記録の設計はロットに残す記録項目、待機の管理は摘採後の待機へ。
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