朝、露が残っているうちに農園に入る。今日回るのは、先週も回った木だ。同じ木に、何度も戸を叩く。コーヒーの収穫は一度では終わらない。この記事は、その一日を摘む側の手の感覚から書く。なぜ選んで摘むのか、なぜ糖度が甘さではないのか、という研究の話は収穫と選果の総説にまとめてある。ここでは繰り返さない。
摘み手のベテランは、実を見なくても分かる。指をかけて、軽くひねる。すっと外れれば熟れている。抵抗すれば、まだ早い。だから戻す。色を見てから指をかけるのではなく、指をかけてから色を見る。順番が逆に見えるかもしれないが、木陰や雨上がりでは色が当てにならない。手のほうが先に知っている。
ひとつの枝に、緑と黄と赤と、深い赤が同居している。今日摘むのは深い赤だけ。残りは次の回に残す。一度に全部取れば早いが、それをやると未熟が混ざる。未熟がわずかに混ざったロットでフレーバーが濁った日のことを、私は今も覚えている。
摘み手の籠は、その人の目を映す。籠の中に黄色が多ければ、今日は急いでいる。赤だけで揃っていれば、ゆっくりでもいいからそのまま続けてもらう。収穫の品質は、品種や標高より先に、この籠の中で決まっていく。だから私は、木ではなく籠を見て回る。
摘んだチェリーは、その日のうちに糖度(Brix)を測る。甘い豆になるかを知りたいのではなく、今日の籠がどれだけ熟れていたかを、時間が経っても思い出せる形にしておきたいからだ。それから水に浮かべる。浮く実はすくい取る。未熟、虫食い、干からび。指で見逃したものを、水が拾ってくれる。二段構えにしているのは、人の手を信じていないからではなく、人の手では全部は取り切れないと知っているからだ。
最後にノートを開く。収穫日、何回目の摘採か、糖度、浮いた割合、気づいたこと。書いておかないと、来年の自分に渡せない。何を残すかは収穫でロットに残す記録項目に書いた。
摘む前から品質は決まっている。だから何度でも農園に入り、選んで摘む。
一日の終わりに、今日残した実のことを考える。あの黄色が赤になるのは、何日後か。天気はどうか。収穫は一回の作業ではなく、熟れる速度に合わせて同じ木に戻り続けることだ。手間はかかる。でも、ここで手を抜いた分は、あとで必ず出る。
完熟を色以外で読む話は完熟の見極め、未熟を混ぜない二段構えは未熟豆の混入をどう減らすか、なぜ同じ木で熟度が割れるかは同じ木に時期の違う実が同居する理由、摘む人の話は品質を決めるのは摘む人だったへ。研究データでの裏づけは収穫と選果の総説へ。
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