LAB REPORT
2026.08.22

発酵のpH曲線を読む|いつ止めるかを、数字が教えてくれる

文・Masa
LAOS

発酵を「何時間で止めるか」で考えているうちは、どこかで失敗する。暑い日と涼しい日では、同じ時間でも中で起きていることが全く違うからだ。だから見るべきは時計ではなく、pHの曲線だ。この記事では、pHがどう下がるのか、何がその形を決めているのかを書く。

1. pHは、発酵の進行度そのものだ

発酵とは、微生物が糖を酸に変えていく工程だ。酸が増えればpHは下がる。つまりpHの下がり方は、「今、どれだけ進んだか」をそのまま映している。温度計と違って、pHは環境ではなく中身を測っている。

私たちが発酵をpHで管理するのは、それが唐一、毎日同じ基準で読める数字だからだ。匂いも手触りも大事だが、今日の自分と昨日の自分を揃えるのは難しい。数字は揃う。

発酵中のロットのpHを測定する手元
時計ではなく、曲線を見て止めどきを決める。

2. 曲線の基準線

まず水洗の開放発酵。ここでは16時間で約4.5、36時間で約4.0まで下がるという基準線がある(De Bruyn et al., AEM 2017)。実際の畑で測った報告でも、水を加えないドライの24時間発酵で、ティピカはpH5.60から4.77、カトゥーラは5.43から4.60へと下がっている(Tirado-Kulieva et al., 2024)。品種で初期値も到達値も違うが、下がるという形は共通している。

密閉した嫌気発酵では、曲線の形が少し違う。72時間の実験ではpHは5.8から4.4へ下がり、この低下はLactobacillaceaeが増えていく時期と連動していた(da Silva Vale et al., Foods 2023)。つまりpHの下降は、単なる化学変化ではなく、「どの菌が主導権を握ったか」の指標でもある。

3. 温度が、曲線の形を変える

同じ発酵でも、温度を変えると曲線の行き先が変わる。3品種を15℃・30℃・自然発酵で比べた実験では、15℃では20時間後に約pH4.0で漸近して下が止まり、30℃と自然発酵ではともに3.5を下回るまで下が続けた(Peñuela-Martínez et al., Fermentation 2023)。しかもどの条件でも、最初の16時間に顕著な低下が起きている。

この結果は実務に直結する。低温で管理すれば、pHはあるところで下が止まり、過発酵に踏み込みにくい。逆に高温のまま放置すれば、pHはどこまでも下がり続ける。同じ実験では、低温区で発酵時間が2倍以上に伸び、糖の消費も遅くなっていた。時間を稼ぐとは、こういうことだ。

4. 曲線を読む、という実務

だから現場では、単一の値ではなく下がり方を見る。具体的には三つだ。

1. 初期の傾き。最初の数時間で急激に下がるなら、温度が高すぎるか微生物が多すぎる。冷やす判断を早めにする。
2. 中盤の傾き。なだらかに下がっている間が、香りが育っている時間だ。ここを長く保ちたい。
3. 下がり止まり。傾きが寝てきたら、発酵の勢いが落ちている。ミューシレージの剥がれ具合と合わせて、止めどきを決める。

重要なのは、pHの絶対値だけでは判断しないことだ。同じpH4.2でも、下がっている途中の4.2と、止まった4.2では意味が違う。

発酵中のタンクの液面に立つ泡
泡の下で、糖が酸に変わっていく。

5. 測り方を揃えないと、曲線は崩れる

pHを測るときに気をつけているのは、毎回同じやり方で測ることだ。採取する場所(上層か底か)、液温、測定前の校正。この三つがずれると、曲線は簡単に乱れる。

とくに層の違いは大きい。密閉タンクの実験では、乳酸の最終濃度が底で5.06 g/L、中層で4.70 g/L、上層では2.18 g/Lと、同じタンクの中で倍以上の差があった(da Silva Vale et al., 2023)。上層では48時間まで有意な糖の消費が見られなかったという報告もある。発酵は、思っているほど均一ではない。だから混ぜるか、同じ位置から測るかのどちらかを決めておく。

6. 数字は、作り手を自由にする

pHを測るのは、管理を厳しくするためではない。むしろ逆で、数字があるからこそ、今年はもう少し粘ってみようという判断ができる。勘だけで粘れば、失敗したときに何が悪かったのか分からない。記録があれば、失敗も次の材料になる。


よくある質問

pHはどこまで下がれば良いのですか

一律の正解値はありません。水洗の開放発酵では16時間で約4.5、36時間で約4.0という基準線があり、密閉の嫌気では5.8から4.4まで下がった報告があります。大事なのは到達値よりも下がり方です。

pHが下がらなくなったら発酵は終わりですか

低温で管理した場合、pHは約20時間で約4.0に漸近して下が止まるという報告があります。これは発酵が終わったのではなく、速度が落ちて安定している状態です。ミューシレージの分解具合と合わせて判断します。

pHを測るのは1日何回ですか

最低でも仕込み直後と、止めどきの見当がつく時間帯の2回です。発酵の最初の16時間に大きく下がるため、数時間おきに測れるなら曲線の形が見えて判断が楽になります。

発酵の全体像は発酵の4つの段階、実務の基本は発酵を数値で管理する、温度の話は発酵温度を1℃下げる意味、方式別はウォッシュドへ。

参考文献

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