「このコーヒーは酸味が良い」「これは酸っぱくてダメだ」。同じ「酸」という言葉で、私たちは正反対の評価をしている。これは矛盾ではない。良い酸味と悪い酸味は、化学的に別の物質だからだ。
(研究ブロック:ここからは公開データの話)
焙煎したコーヒーからは38種類の有機酸が同定されている(Yeager et al., 2021)。生豆の主役はクエン酸・リンゴ酸・キナ酸。焙煎で酢酸・ギ酸・乳酸などが新たに生まれる。つまり一杯の中には、農園由来の酸、発酵由来の酸、焙煎由来の酸が同居している。
ここで意外な研究を紹介したい。淹れたコーヒー中の有機酸濃度と官能閾値を比べた実験では、検知閾値を超える濃度で存在したのはクエン酸だけで、リンゴ酸・酢酸・乳酸は閾値前後。しかもコーヒーのプロでさえ、単一の酸をカップの濃度で正しく識別できなかった(Rune et al., 2023)。つまり「このリンゴのような酸はリンゴ酸」という語りは、分析ではなく比喩だ。私たちも含め、業界はここを正直に認めたほうがいいと思う。
それでも酸の組成は味と対応する。単一では識別できなくても、組成全体のバランスが印象を作る。良い発酵では乳酸・クエン酸・リンゴ酸系が整い、悪い発酵では酢酸の過剰や酪酸・プロピオン酸が現れる(Martins et al., 2019)。
酪酸はチーズや吐瀉物のような匂い、プロピオン酸は玉ねぎのような匂い。この二つは過発酵のマーカーで、良好な発酵では検出されない(Martins et al., 2019)。酢酸は適量なら明るさに寄与するが、過剰になるとビネガーになる。そして酢酸の蓄積は高温環境と相関する(Lee et al., 2023)。
要するに、悪い酸の多くは温度と時間の管理失敗から生まれる。私たちが発酵をpHと温度で管理するのは、この事故を防ぐためだ。良い酸は狙って作るもの、悪い酸は油断から漏れ出るものである。

発酵は糖を酸に変える工程だ。ミューシレージの発酵を計測した実験では、Brixが15.8から8.45に減る間に酸度がほぼ倍増した(Plaza-Dorado et al., 2024)。酸をどこまで育て、甘さをどこまで残すか。発酵の止めどきとは、このバランスを決めることである。
もう一つ、あまり知られていない話を。水に含まれるカルシウムやマグネシウムの量は、有機酸の抽出量を変えることが報告されている(2024年のGC-MS/NMR研究)。同じ豆を同じレシピで淹れても、硬度の違う水では酸の出方が違う。「お店と同じ豆なのに味が違う」の一因は、水にある。
酸味を怖がらないでほしい、というのが本音だ。コーヒーの酸は果実の証であり、良い発酵の証でもある。避けるべきは酸そのものではなく、管理に失敗した酸だ。そしてその見分けは、飲んだときの不快感の有無で十分にできる。甘さを伴う酸は品質、舌に刺さる酸は事故。そう覚えてもらえればいい。
コーヒーの酸味の強さと胃への刺激は必ずしも一致しません。酸味の知覚は主に有機酸の種類とバランスの問題で、pH自体は食品としては穏やかな範囲にあります。
比喩です。研究ではプロでも単一の有機酸をカップの濃度で識別できませんでした。ただし酸の組成と味の印象には対応があり、表現としては有効です。
多くは発酵の管理失敗です。高温発酵で酢酸が過剰になる、過発酵で酪酸・プロピオン酸が生成される、などです。温度と時間の管理で防げます。
豆側の酸っぱさはあなたのコーヒーが酸っぱい、もう一つの理由、発酵と酸の生成は発酵時間と有機酸、温度の話は発酵温度を1℃下げる意味へ。
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